ウィーン留学紀

2008年から2010年のウィーン留学記です。

 

 

ウィーンでの日常から面白エピソードまで 思い出すままに書き留めていきます。


帰国後、現在の日常ブログはこちらより。

過去投稿タイトル

 

2013年10月11日(金)③「I want you ?!?!

2013年10月10日(木)「クリスマスの花」

2013年10月09日(水)①「ブタの日」

 

I want you ?!?

前回

 

「クリスマスのお花」

こと、ノエル・フローレス教授に初めてご対面したときのお話を書きましたが、その続き。

 

 

 

私があまりにも驚いて、目を真ん丸くしてお部屋に入ると、(フランス人の女性の先生はどこだぁ!)

ノエル・フローレス教授(以下ノエルちゃん)はニッコリ微笑んで英語で私に言った。

 

「君はどこから来たの?英語話せるかい?何歳?13歳くらい?」って。

 

 

自慢じゃないけどワタシ、英語喋れません。

外人さんとお話したこともあんまり無かったし、

何しろ、フランス人女性だと思っていた「クリスマスのお花の先生」が、

色黒・長身のインド人のお爺さんだったことに驚きまくって言葉が全然出てこない・・

 

 

「・・・・・・・」

 

「僕の言ってること解る?」

 

とノエルちゃん。

 

「はい。ちょっと。」

 

「僕に習いたいと言う参加者が沢山いて、全員のレッスンをしてあげることは出来ないから、今から演奏のオーディションをしてパスした人だけを、僕のクラスに入れることにします。他の教授に習うことも出来るけど、君はどうしても僕に習いたいですか?」

 

と、いうようなことを全部英語で聞かれて、ワタシ パニック。

 

(頭の中は「クリスマスのお花が何で色黒のおじいさんなんだろう」ってことでいっぱいだし。)

 

 

 

 

それでも、遠い日本からはるばるノエルちゃんのレッスンを受けるためにやってきた私。

ここで食い下がっちゃぁイカン!

負けてらんないわ  

 

ってことで、何とかノエルちゃんに英語で自分の意思を伝えようとした。

 

(以下ワタシの心の中・・)

 

私はあなたにどうしても習いたいです。

あなたがいいです。

あなたに習うために日本から来ました。

 

 

言葉が出てこない・・何か言わなくちゃ!

 

英語で何て言ったらいいんだろう。

 

〇〇したい、は英語で

 

「I want 〇〇」だから、

 

え~っと

 

あなたに〇〇したい は

 

 

あっ!!!

そうだ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、とっさに初対面のノエルちゃんに向かって

 

「I want you !!!!」

 

 

と言ってしまったのでした。

 

 

今となっては笑い話で済みますが、欧州で外人さんにそんなこと言っちゃったら大問題!大変です。(お恥ずかしい)

 

 

 

ノエルちゃんは一瞬目を真ん丸くして、

それから考えて、

しばらくまた考えて・・・

 

 

 

そしてニッコリ微笑んで

「うん。 じゃあ 弾いてみて。」

 と言ってワタシをピアノの前に引っ張って言って座らせた。

 

 

何を弾いたか覚えてないけど、5分だったか10分だったか、自分の持ってる色んな曲を弾いて、それからノエルちゃんの方をビクビクしながら振り返ると、またニッコリ笑って、それからワタシのほっぺたに ぶちゅ~ぅ っとキスをして、(これにも固まるワタシ)

 

 

「君は素敵なピアニストだね。お名前は?」って。

 

「サヤカ トミオカ です。18歳です。」とワタシ。

 

 

 

「じゃあ、明日の〇〇時、僕のレッスンにおいで」

って。

 

 

 

この日のことは、一生忘れませんね。

 

フランス人の女性のはずのクリスマスのお花は、

インド人のとても素敵でハンサムなお爺さんでした。

 

 

 

 

 

これが4年後の留学のきっかけとなるノエルちゃんとの最初の出会い。

 

 

 

恥ずかしい・・

クリスマスの花

そもそも何故私がウィーンに留学することになったか。

 

 

 

あれは18歳、大学一年生の春。

桐朋の高校から内部進学で大学へ進んだ私は、卒業試験も終わり、ノンビリと暇な春休みを過ごしていた。

 

 

7月の実技試験まで時間があるし、力試しにコンクールでも受けてみよう!

 

と、なんとなーく受けたコンクール。

 

 

 

そしたら優勝しちゃった!

 

その、優勝の副賞は「夏休みのウィーン行き」。

 

ウィーン郊外のバーデンと言う町で行われる、音楽祭へのスカラシップ生としての参加。

 

 

受かっちゃった、どうしましょう。

まさか自分が優勝するとは!

しかも、副賞がウィーン行きだなんてことは知らないで受けたコンクール。

 

 

 

 

ウィーンってどこ?!

何語?

英語?

ごはんは何食べるの?

飛行機一人で乗るの!?

 

 

棚から牡丹餅みたいに降って来たウィーン行きの話。

 

 

 

そして副賞の音楽祭・音楽講習会への参加。

 

講習会は、ウィーン国立音大、ブタペストのリスト音楽院、そしてチェコのプラハ音楽院が共同で主催するもので、それらの学校の著名な教授達がウィーン郊外に集まって集中レッスンやコンサートをするというヨーロッパでは良くあるもの。

 

講習会でレッスンを受ける際には、担当教授を決めなくてはならず、申し込みの時には「〇〇教授 希望」と、申請する必要があった。

 

 

でも、わかんない!

一生懸命に教授たちの英語のプロフィールを訳したけど、何が何だか・・トホホ

 

仕方が無いから、桐朋の私の担当教授に聞いてみた。

 

「先生、私今度ウィーンに行くんだけど、この中に先生の知っているお名前の教授はいますか?どの先生を指名すればいいのかわからなくて」

 

先生は、

 

「う~ん。

どれも知らないけど、この ノエル・フローレス って言う教授がいいんじゃない?

ノエルってフランス語でクリスマスって意味で、フローレスはお花って意味だから、きっとフランス人の女性の若い先生だから優しそうでいいんじゃない?(先生フランス語堪能)」

 

 

じゃあそうしよう!

クリスマスのお花なんてオシャレな名前じゃないか。

 

とフランス語堪能な先生の言葉を信じて「ノエル・フローレス」を指名して申し込んだ。

 

 

 

 

 

その数ヵ月後。

 

ウィーンにて、クリスマスのお花こと、ノエル・フローレス教授とご対面。

 

 

 

 

レッスン当日、部屋のドアを開けると、色の黒くて背の高~い、ハンサムなおじいちゃんがピアノの前に立ってニッコリ笑っていた。

 

なんと、ノエル・フローレスはインド人のおじいちゃんだった!!

 

 

「ええええ!!!うそー!」

 

 

まるでギャグのようなこの展開にひっくり返りそうになった18歳夏。

 

 

初めてのヨーロッパ一人旅。

 

 

つづく・・・ 

後の師匠、ノエル・フローレス教授と。(ワタシ顔まんまる!)
後の師匠、ノエル・フローレス教授と。(ワタシ顔まんまる!)

ブタの日

今日からスタートしました2008年~2010年のウィーン留学記です。

ウィーンでの日常から面白エピソードまで 思い出すままに書き留めていきます。

第1段らしからぬ変なタイトル。

 

ブタの日」。

 

 

 

ウィーンでは3回お引越しをして、これは一番最後に住んだお家。

とても広くて立地も良くて、ピアノも弾けるし気に入ってたのです。

 

 

このアパートメント、単身者は私くらいで、あとは殆どが家族連れ。

その多くがイスラム教徒でした。

 

世界にはいろんな人がいるなぁーとしみじみ感じることの多かった、異文化に溢れたアパートメントで面白かったです。

 

 

留学して間もないある日の夕方。

練習の休憩中にふと窓の外を見ると、お向かいさんのお家のリビングが見える。

 

なにやってんだ??

 

床に絨毯を敷いて家族みんなで土下座しています。

 

「?!」

 

次の日の朝も、

又次の日の夕方も。

 

覗いちゃ失礼だとは思いつつも、窓の外が気になるワタシ。

 

あの土下座はイスラム教徒のお祈りの儀式だったと数日後に理解しました。

 

 

 

 

また別の日。確か3月だったか。

 

夕方疲れて学校から帰ってくると、私の下の階に住む家族のお兄さんとエントランスですれ違う。

 

「こんにちわ」

「やあ!元気?」

 

と挨拶を済まし、お兄さんが先に、私がその後ろに続いて自分達の部屋までの階段を登ろうとする。

 

夕方だから階段付近は暗闇。

 

 

「ん???」

 

お兄さんが背中に何か巨大なものを背負っています。

 

「リュックサック?」

 

いや、違うなぁ。

 

「子供をオンブしてるの?」

 

いや、ちがう・・

 

 

 

 

 

 

 

ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ

 

「ブタ!!!」

 

それも巨大な、ブタ!!

お肉とかじゃなくて、ブタそのもの。(皮とか剥いでない動物園にいるままのブタ!!!)

 

 

 

それに気づいた私は、腰を抜かして思わずでっかい声で

 

「わーっ!!なにそれ!!!!??ブタどうするの!!」

 

とわめき散らした。

 

 

お兄さんは大笑いして、

 

「そう、ブタ!食べるの。」って。

 

 

「僕たちの国の宗教ではブタは大事なもの。3月に家族皆でブタを囲んでお祈りして、そのあと食べるんだ」

 

って。

 

 

 

だからって丸ごと 動物園のブタの形のまま、担いでお家に持って帰らなくてもいいじゃん。

 

ワイルドだなぁ。

 

 

あまりにビックリして、その場で日本に国際電話をかけてブタ報告を両親にしてしまったのでした・・w

 

 

このお家では友人を呼んでパーティしたり、ご飯を一緒に作ったり、色々楽しいことが沢山ありました。

 

夜中に一人で何故か、てんぷらを揚げていて、てんぷら油がIH式コンロに着火して燃え上がり・・

 

一人で慌てふためいてどうにか消化して翌日「アンタ昨日の夜中なに一人で騒いでたの!?」

 

と隣のユーゴスラビア人のおばさんに怒られたりね。

 

 

 

 

楽しいことも

大変なことも

 

色々あった思い出のお家。

今は誰が住んでるのかな。